コラム詳細

【添う恋う長屋】揺らいで、根を張る

本部

「でもさあ」から始まる一節を口にしない。

他者の意見を聞いて、否定から入ることもしない。
否定をしないことが、私が生きる上で導いた最適解だ。
人のことばや態度を受け入れて、優しく接する。そうすれば、相手からも感謝されることが増える。

 だったはずなのだけど、他者のすべてを受け入れるという神話を、たったひとりの人間である私にできるわけがなかった。
例えば、3人で天気の話をしたとして、誰かが「良い天気だ」と言う。その言葉に対して私は同意するが、もう一方は「良い天気だから暑い」と漏らす。
否定をしないという”正しい答え”を持ってしまった私は、それにも同意する。
そこで話が終わる。

 優しさのためになくしたはずの否定は、「意見のない人間」という私を生み出した。
反対意見を述べないことで、必要のない気遣いは日に日に増え、仕事を頼まれたらやってしまう。
今日はもう体力ゼロだというのに、同僚から頼まれた事務作業を進める。
なんで私がやっているんだろうというという思いに目を伏せて、これも何かに繋がるから、と勝手に自分を納得させる。

「『これは悪口なんだけど』って良く言うよね」。

 就寝の準備を整えていると、突然、恋人が口にした。

「いや、ごめん。最近悪口というか、愚痴が多いなと思って。大丈夫?」

 手に取ったシーツの動きが止まったことに察したのか、彼はすかさずフォローを入れた。
言い返すことができず、「そうだよねー。ごめんね」とだけ答えて、気持ちが落ち着かないまま目を閉じた。

 翌朝、いつもピタッと真ん中にまとめていた髪が、まったくまとまらなかった。
他の人から見ればそう大差ないのかもしれないけれど、何度ヘアゴムを巻き直しても、伸びた髪はいつもの場所に収まってはくれなかった。

 職場の更衣室でも直す。
両手でしばらく整えていない髪をまとめながら、昨日の言葉を思い返す。
否定をしない代わりに、これから悪口言いますだなんて逃げ方をしていた自分が情けなくなった。
思っていることを人に言わないことが美徳じゃない。
一つの主義主張があるならば、もう一方のそれもあっていい。
みんなの前では口を紡いで、本当はほとんど聞いてもいない意見に同意する裏で、ひっそりと陰口をほしいままにする自分の方が、よっぽど悪い人間だ。

 うつむきながら更衣室を出ると、すこしかすれた声色の「おはよう」が聞こえた。
ああ、毎日ここで待ってくれてる利用者様だ、とスイッチを切り替えてあいさつを返すと、

「元気がない!もうひと声!」

と叱咤された。
申し訳なさと、昨日から抱えていた少しばかりの苛立ちが一緒に立ち昇ってきて、半ばやけになって

「お、おはよう!・・・です!」

とギリギリの敬語で結んだ。
彼は「よし」と満足そうな顔でまたあとでな、とその場を去って行った。

 私が働く施設の利用者である彼は、毎朝このあいさつを欠かさない。
わざわざ更衣室の前で待って、私の調子を伺ってくる。
はじめは少し戸惑ったけれど、新聞と盆栽を愛する彼の話は面白く、そして、私にはない意見を持つ人だった。

 「新聞と盆栽にはな、『もう一方』があるから面白いんだ」

 彼はいつも私に、「もう一方」という言葉を強調する。
同じ情報を取り上げても、新聞社によって、解釈の仕方は違う。政府が進める法案、プロ野球の話題でもそれは同じ。
賛成と反対、勝利と敗北、同じニュースでも発信のしかたが違うから面白く、たとえ自分が同意していたとしても、片方の情報のみを受け取るだけでは、それは正確に受け取ったとは言えないという。

 「盆栽はな、枝伸ばす方向を一度決めてしまうと、もうそこから変えられないんだ。樹齢数十年、数百年のものでさえも、最初に手を入れた人間の思いが、ずっと引き継がれる。その人間が一方だとすると、後から手を入れる人間は『もう一方』になる。それが面白いんだが、君にはわかるかな?」

 いつも眺めている盆栽を手入れしながら、私に話しかけてきたことがある。
当時はわからなかったことが、今ならわかるかもしれないと、「またあとで」と残した彼の背中を追いかけた。

「あの!盆栽!前に話していただいた、盆栽のことなんですけど!」

「おう」

「その人の意見とか思いをちゃんと受け取って、次の自分がどうするかってことですよね・・・!枝を切った人が正しいとかじゃなくて、数十年前は正しくても今は間違ってるかもしれなくて、その反対もあって・・・。でも、自分が納得のいく答えを出していく。それで、次の人たちにちゃんと自分の思いをのせる。それが、面白いんじゃないでしょうか。」

「言うのは簡単だけどな、うん、そうだよ」

と私に向かって破顔した。

退勤後、また彼に声をかけられて、

「俺の宝物。はい、あげる。大事にしてな」

と盆栽を受け取った。
素人の私でもわかる美しい盆栽を、とてもじゃないが受け取れないと断ると、

「だからいいんだ。わからないことも、難しいこともこの木からたくさん受け取って、俺じゃできない『一方』を育ててくれよ」

とあたたかい言葉をもらった。
その日から、自分の意見がはっきりと言えるようになったと思う。

 少し前までコートを羽織っていたことすら忘れてしまう季節になった。友人と3人で出かける。

「良い天気だね」

「良い天気すぎて暑いわ」

「今日はめっちゃ土乾くやろなあ」

「「なにいうてんの?」」 

相変わらず否定はしない。
「でもさあ」も言わない。
だけど、自分の言葉はいつだって言う。
それが今の私の意見だ。正しいかどうかは知らない。だって、本当に土が良く乾きそうなんだから。

コラム一覧に戻る

ページトップへ