コラム詳細

【一輪の花言葉】思い出を拾い集め

本部

金木犀の香りが庭に広がると、秋が来たんだなって実感する。
あの甘くてやさしい香りは、どこか懐かしくて、でもほんの少し寂しさを感じさせる。
それでも、忙しい日々の中でもふと足を止めて深呼吸したくなる、そんな特別さをもった香りだ。

ある日の午後、いつものように業務に追われながらも、ふと窓の外を見ると、ある入居者さんが庭に佇んでいるのが見えた。
小柄で少し背中が丸まった彼は、普段は無口で、他の入居者さんと話をしていることも目にすることが少ない。
それでも、この日は珍しく、彼の顔が少しほころんでいた。彼がじっと見つめているのは、施設の庭の隅に咲いている金木犀の木だった。

「金木犀、いい香りですね」
ほころぶ彼の横顔に、私は軽い気持ちで声をかけた。

彼は、私に気づくと少し驚いたように目を細めた。
「せやな……。ええ香りや。妻が好きでな、庭にも植っとる。きっと、家でも咲いている頃やろか」

その言葉に、私は少し胸が詰まった。彼が家族の話をすることは滅多になく、いつも淡々とした態度で日々を過ごしているように見えたからだ。
こちらに入居されてからしばらく経つが、やはり寂しさもあるのだろう。

「奥様、金木犀がお好きなんですね。」
私は少し問いかけるように言った。

「ああ。毎年この季節になると、仕事の帰り道、家の前にまで金木犀の香りがして、出迎えてくれたもんや。休みの日にも妻が『ええ香りやね』と言いながら家中を掃除してな。家がきれいになると、わしもなんか気持ち良うて……」

彼の言葉は静かで、どこか遠い昔を懐かしむようだった。その姿に、私は思わず口走る。
「あの、一緒に金木犀でリースを作ってみませんか?」

彼は一瞬考える素振りを見せたが、少し微笑みながら「面白そうやな」と答えてくれた。リース作りなんて久しぶりだ。
施設には季節ごとに手作りの飾りがあふれているが、金木犀で作るリースは初めてだ。きっと、慎ましくも美しく仕上がるだろう。

私たちは庭に出て、落ちている金木犀の小さな花を集めた。
風に揺れるその小さな橙色の花を拾いながら、彼が愛する人との思い出に触れているのを感じた。私は、静かにその時間に寄り添った。

「あいつと過ごす、何でもない日々が一番の幸せやった」
彼はそう言いながら、手にした金木犀をそっと眺めていた。
「この花は、そんな思い出と一緒に生きとるような気がする」

私は、金木犀の花言葉に「謙虚」「真実」といった意味があることを思い出した。
まさに、彼の妻への愛がその花言葉そのものだと感じた。彼の語るその想いには、飾らない誠実さと、深い愛が込められているように思えた。

「金木犀の花言葉、知ってますか?」
私はそっと問いかける。

「いや、知らんな。花言葉やし、金木犀にもあるとは思うけど」

「はい。『謙虚』と『真実』です」

その瞬間、彼の表情が少し柔らかくなった。彼はしばらく沈黙してから、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「さよか……、あいつにはぴったりやな。いつも控えめで、でも芯も強うて」

リースを作り終わる頃には、彼と私の間に、かつて感じたことのない静かな繋がりが生まれていた。金木犀の花びらが一つひとつリースに結ばれていくたびに、彼の心の中にある「真実」の形が少しずつ形作られていくような気がした。

「これ、どこに飾りましょうか?」私はリースを手に取りながら聞いた。

「せやな……。みんなが見える場所がええな。みんなにもこの香りを感じてもらいたい」
その言葉に、私は深くうなずいた。

私たちはそのリースを施設のリビングに飾った。
金木犀の香りが空間に広がり、入居者たちが「あら、いい香りね」「素敵なリースね」と口々に感想を述べる。
彼は照れくさそうにしながらも、どこか誇らしげだった。
次回の面会でも、きっとこの香りに呼び寄せられるように、思い出話に花が咲くことだろう、

金木犀のリース作りを通じて、彼の心に眠っていた『真実』が再び息を吹き返したようだった。
その愛は、決して華やかなものではないけれど、深く根を張り、今も彼の心の中で静かに香り続けている。
記憶を頼りに、手を動かして形にすることで、掛け替えのない何かを掴めたように思う。

その夜、私は自分の部屋に戻って窓を開け、外の空気を吸い込んだ。かすかに漂ってくる金木犀の香りは、彼の妻への愛と重なり、私の胸にじんわりと温かさを残した。
リース作りという小さな出来事が、こんなにも人の心を動かすとは思わなかった。

金木犀の花言葉が示す、謙虚さと真実。それはきっと、目に見えないところで人の心に深く根を張るものなのだろう。
愛とは、長い年月をかけて積み重ねられるものであり、それがどんなに尊いかということを、この香りに教えてもらったような気がする。

「また来年も、この香りを一緒に感じられたらいいですね」
私は、そう心の中で願いながら、もう一度深く金木犀の香りを吸い込んだ。

10月のお花:金木犀
金木犀の花言葉は「謙遜」「真実」「気高さ」です。

「謙遜」という花言葉は、金木犀の花がとても小さく、控えめな印象があることにちなんでいます。
また、香りが強く、離れた場所でも存在がわかるために「真実」、中国で位の高い女性の香水に使われていたことから「気高さ」、といった意味がつけられたといわれています。

思い出はいつも、少し遠くて懐かしい、その人にとっての「真実」。
金木犀の香りに導かれて、あなたの大切な思い出も拾い集められますように。

コラム一覧に戻る

ページトップへ