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【一輪の花言葉】ホーム

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『今年の盆は帰ってくるんか』

仕事を終えてスマホを確認すると、父から連絡が入っていた。
もうそんな時期かとしみじみ思うと同時に、私は少し戸惑った。
施設での忙しない日々に追われ、帰省はすっかり後回しでしばらく帰っていない。
そもそも、父から帰省の有無を聞かれるのは、私が家を出て以来はじめてのことだった。
いつもは、たまに連絡してきたかと思えば、
実家で飼っている猫が寝ているところとか、
趣味の釣りで捕まえた魚とぎこちない笑顔を並べたところとか、
ただそういう風景を収めた写真だけが送られてくるのだった。
そんな父からの催促にすこし罪悪感を覚えたが、すぐに返信はできないでいた。

小さい頃は、盆や正月には親戚みんなで祖母の家に集まって過ごした。
大きな一戸建てに夜遅くまで大人たちの笑い声が響いて、
つけっぱなしのテレビの声を聞きながら、ダイニングのソファで眠った夏の夜を思い出す。
祖母の家には、辺りを囲むようにプランターがたくさん置いてあって、毎朝欠かさず祖母が花の世話をしていた。
パンジー、スミレ、マーガレット、アネモネ、スイートピー・・・
学校が休みの日には水やりを手伝ったこともあった。花の名前を教わり、花言葉を調べてはノートに書き溜めた。
どの季節にもいろいろな花が咲いていたけれど、私は夏のサルビアが特に好きだった。
パキッとした赤色のシルエットは燃え上がる炎のようで、澄んだ青空とのコントラストが強く目を引いた。

しかしあれだけの花を咲かせたプランターたちも、祖母が腰を痛めてからは色を失ってしまっている。
兄弟やいとこはそれぞれ別の家庭を持つようになり、親戚同士集まる機会も減った。
かくいう私も、暮らしや仕事が忙しいことを理由に、無情に過ぎていく時間をただただ看過していた。
理由といってもそれはただの言い訳でしかなく、父からたまに送られてくる写真にすら
ろくに返信しなかった私が、とやかく言えることではないのだろう。
私の中の赤い炎が消えかかっている。

8月に入ったことで、施設は夏祭りの準備で賑わっている。
盆踊りをテーマにしたポスターを利用者さんと一緒に描いていたとき、
「あんた、盆休みはなにするんや」
と一人の方に尋ねられた。
「うちはな、娘が来てくれるんやて。孫連れて。さっき電話で言うとったわ」
「いいですねぇ。娘さんしばらくおうてへんもんね」
「孫は遠いとこの大学行っとってな、帰ってくるんやて」
その方の期待に満ちたまなざしと笑顔が、深く心に残った。
ふと父の顔が脳裏に浮かぶ。
父が笑ったのを最後に見たのはいつだろう。祖母の声を聞いたのはいつだったか。
もしかすると言わないだけで、私が帰るのをずっと待っていたんだろうか。
「そらあんた、待ってはるに決まってんで」
「えっ、あ、口に出てました?」
「うちの娘もなかなか帰ってこんけどな。いつまでもあると思うな親と金ゆうてな、
親がずっとおるおもたらあかんえ。盆くらい顔見せてき。」

今年の盆は帰ろう。
父にメッセージを返すと決めたら、もやもやしていた気分が晴れた。
少しの罪悪感は残したまま、期待に胸が膨らむ。
帰ったらなにをしよう。
そういえば、自室の片づけが途中だった。
猫と一緒に昼寝をして、ゆっくり流れる時間に身を任せるのもいい。
それとも、父と釣りに出かけて、どちらが大物を釣れるか勝負をしかけてみようか。
近くの釣り堀なら、車いすの祖母も連れていけるだろう。
そして夜はまた、大きな屋根の下に集まるのだ。

酒を片手に話に花を咲かせる大人たちの横で、甥っ子はすうすう眠るのだろう。
そしたら起こさないように、布団に運ぶのが私の役目だ。
ソファで眠りにつくと、朝起きたときに体が痛いことはよく知っている。
日が昇るまで語らって、昼を過ぎたころに目覚めたら、
プランターを一つ手入れして、祖母と一緒に花を植えよう。
赤い炎が再び灯るように。

『帰るわ。また連絡する』

8月のお花:サルビア
サルビアには「尊敬」「家族愛」「知恵」といった花言葉があります。
赤いサルビアは、燃え上がる炎のような色合いとシルエットが印象的です。
会えない間も、きっとあなたを思ってくれている。
そんな家族のあたたかさを忘れないようにしたいですね。

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