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【一輪の花言葉】初心

本部

朝の静けさが施設に広がる中、私は一日の始まりに備えて準備を進めていた。
昨夜の雨があがり、窓の外では、穏やかな朝日がアジサイの花々を柔らかく照らし出している。
梅雨がまだまだ終わらぬ中、今日は久しぶりに晴れ間が広がっている。
アジサイには昨夜の雨が残っており、朝から季節を感じることができ、とても気分のいい一日の始まりだ。

この時期にアジサイを見ると、ある利用者様のことを思い出す。
それはこの施設で働き始めて数か月ほど経ったころだった。
少し雨が降っていたにも関わらず、傘を差しながら、アジサイを眺めている利用者様がいた。
そんな利用者様のことが気になり、私は声を掛けた。

「風邪を引いてしまいますよ。中に入りませんか?」

利用者様は楽し気にこう答えた。
「ありがとう。雨が降っているときにアジサイを見るのが好きなのよ。」
「季節を感じれるでしょ?」

季節を感じるという言葉を久しぶりに聞いた気がした。
季節を感じるほどの余裕がなかったからだと思う。
利用者様は梅雨のじめじめした日でも、季節を感じることに楽しみを見出しているのだと思った。
それと同時にとても素敵なことだとも思った。

「確かに、なぜか梅雨の時期に子供が傘を差しながらアジサイを見ているイメージがありますね。」

そう言うと、利用者様は笑いながら、こう質問した。
「アジサイのは花言葉を知ってる?」

「すみません。お花には疎くて、分からないです。」

「アジサイの花言葉は”移り気” “辛抱強さ” “浮気” “無常”みたいよ。」

私は驚くようにこう答えた 。
「もっと良い意味の花言葉を持ってそうなお花だと思ってました。」

「普通そう思うわよね。人がお花に求めていることは綺麗に咲いていること。だから、花言葉もきっと素敵な言葉ばかりだと勘違いしちゃうのね。」
「でも個人的に、それで良いと思うの。ありふれた綺麗で素敵な言葉を並べるよりも、良い意味も悪い意味も持っていたほうが、どこか人間らしくて、面白いじゃない?」

共感してしまったのはなぜだろうか?
苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまったのはなぜだろうか?
きっと自分に重ねってしまったからだ。

何かを察したかのように、利用者様はこう続けた。

「花言葉と同じようにどんな人にでも、良いところと悪いところを持っていると思うの。」
「あなたもそうでしょ。だから人を助けるお仕事をしているんでしょ?」

その言葉を聞いた瞬間、この業界に入ったばかりの時のことを思い出した。
最近忘れていた人を助けることに喜びを感じていたことを。

「確かに、そうかもしれないです。」
「ありがとうございます。なんだか初心を思い出して、もやもやしていたことがすっきりしました。」

「そう、それなら良かった。」
「じゃあ、中に入りましょうか。」
「雨だけど気分が良いから、何かゲームがしたいわ。」

「いいですね。じゃあ他の人も呼んでみますね。」

今でも、この時の事をふと思い出す。
きっとこれから何かに迷ったときは、この時のことを思い出すと思う。
この思い出は私の悩みを吹き飛ばして、初心に戻してくれるから。

6月のお花:アジサイ
アジサイの一般的な花言葉は「移り気」「辛抱強さ」「浮気」「無常」です。
あまり良い意味を持っていません。
ただ、アジサイは色によって花言葉が変わり、誕生日や結婚式などのお祝いとしてもお贈りすることができます。
送り手と受け取り手の解釈次第で、花の持っている意味が変わってくる、そんな魅力のあるお花です。

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