本部
風が冷たくてコートの前を閉めて、縮こまって歩く。
こんなにも寒いのに暦の上では立春をとうに過ぎており、もう春らしい。
そういえば段々と日が長くなっていた。
と、寒い寒いと手足をこすり合わせていたのが2週間ほど前。
天気予報を見れば連日15度越えと、すっかり春の様相。
今の今まで信じていなかったが今年はどうやら暖冬で間違いないようだ。
まだまだ寒いだろうと、この前買ったニットのセーターは次の冬のお楽しみになるかもしれない。
とはいえ寒さが苦手な私にとっては良いことだった。
毎日の通勤でぎゅうと小さくならなくてもいいし、着るものだって防寒よりその日の気分で選べる。
今日は少し薄手のコートを選ぼう。
色が気に入って一昨年に買ったものだった。
玄関の扉を開け外に出る。
冬のツンと澄んだ冷たい空気がなく、春を実感する。
先日よりも軽い足取りで公園へと差し掛かれば、梅の木が花を咲かせていた。
この公園の梅は白い花らしい。
自分の背丈程の小さな梅の木、開花は三分から五分ほどだ。
桜の花とよく似ているが、梅の花は桜に比べて花弁が丸い。
あとは花に軸がついているか否かが見分け方だったような気がする。
桜ほど花見をした記憶はないが、梅を見に行ったこともあったはずだ。
十何年前だったか、家族で梅まつりに行ったその時に母が見分け方を教えてくれた。
案外覚えているものだと自身の記憶力に感嘆する。
それにしてもこんなところに梅の木が植わっていたのか。
例年であれば寒さで下を向いていて気付けなかったものだ、暖冬様様である。
手元のスマートフォンで検索すると、梅の開花時期は1月から4月らしい。
種類によってまちまちであるが、寒い時期から咲くものもあるそうだ。
今目の前にある花はどんな気温を好んで咲く花なのだろうか。
もしかしたら本当は寒い時期が好きで、急に暖かくなったからと急いで咲いているのかもしれない。
そうなれば私とは反対の好みだ。 お前も気温に振り回されて大変だなと独り言つ。
時計を見ればそろそろ道草を食っている場合ではなくなってきた時間だ。
また明日と梅に別れを告げて先を急ぐ。
施設に到着すれば、利用者さまや同僚に挨拶をしながら朝の仕事を始めた。
やるべきことは山ほどある。 頭の中で優先順位を決め、作業に取り掛かる。
今日はどんな日になるだろうか。
午後、利用者さまの気分転換にとカフェモカを淹れてお出しする。
熱いので気を付けて、とカップを渡した。
「今日はえらい暖かいなぁ。」
「すっかり春ですね。」
「そうやなぁ、お弁当持ってピクニックでも行きたいわ。」
「いいですね。今日来るとき梅の花が咲いてたのでお花見もできそうです。」
「梅か、そらええわ。」
カップから一口。
「わあ、美味しいなあ。今日のちょっとちゃうコーヒーやな。甘くて良いわ。」
「気付かれましたか。バレンタインは過ぎちゃいましたけどカフェモカを淹れてみました。」
「へぇ、こんな美味しいもんがあんねんなぁ。」
「コーヒーにチョコレートを入れたのがカフェモカって言うんですって。」
「そうか、カフェモカか。ありがとうなぁ。」
「この歳になってもまだまだ知らんことばっかりや。面白いなあ。」 「長生き、するもんやなあ。」
季節柄だからと半ば気まぐれのようなものだったが、 こうも喜んでいただけると何やら頬が暖かくなる。
顔を上げて窓の外を見れば、メジロがすぐそばの木々に遊びに来ているようだった。
春先には祖母宅でベランダに半分に切ったみかんを置き、メジロが遊びに来るのを眺めたりしていた。 ちょうどダイニングのそばにベランダがあって、お茶をしながらその景色を楽しんでいた。
小さい頃の話だが、あの時間のことはよく覚えている。
日々の忙しさにかまけ、こうして四季を楽しむのを忘れていた、と痛感した。
「メジロか。」
利用者さまを顔も上げ、窓の外を見る。
「今日はなんや和洋折衷やなあ。」
そうですね、と視線を利用者さまへ向ければぱちりと目が合った。
偶然にまず驚き、続いて二人してぷっと吹き出す。
梅の花がほころぶように、私の、利用者さまの顔もほころんだのだ。
2月のお花:梅
梅には、「上品」「高潔」「忍耐」「忠実」など。
紅色の花となると「あでやかさ」。
英語圏では「Keep your promise(約束を守る)」「fidelity(忠実)」「beauty and longevity(美と長寿)」と花言葉が多いお花でもあります。
日本古来より好まれてきた花で、紀貫之が和歌でも詠んでいますね。
お花見といえば桜ですが、今年は香りも含めて梅の花のお花見をしてみるのもいかがでしょうか。
みなさま日々の生活の中に、ほっと一息つけるような春が見つかりますように。