本部
一段と夜が冷え込むようになった冬本番。仕事が終わり、すっかり暗くなった道を歩いて帰路に着く。
空気が透き通っているようなこんな寒さの中では、月がとても綺麗に見えて、
確かに自分はあの月に感動しているのだなと感じることができる。
けれど、次の日また目が覚めれば、昨夜の美しい月のことなんてすっかり忘れて
今日降る雨に憂いてしまったりするものだ。
雨に濡れた傘を畳みながら施設へと入ると、
入り口に見慣れない木が置いてあるのが見える。なんだろう?と近づいてみると、
それは装飾が施される前の裸のクリスマスツリーだった。
そうか、今年もこの季節がやってきたのか。
クリスマスの気配を感じると、私はいつも幼少期のことを思い出す。
両親が用意してくれた裸のツリーに、兄弟たちと共にオーナメントを飾りつけるのが恒例だったのだ。
丸くてキラキラしているものや、小さなプレゼントの形をしたもの、
雪のように白くふわふわしたモールなどが入った段ボール箱の中は、
クリスマスの全てが詰まった宝箱のようだった。
それを一つ一つ丁寧に取り出してはぶら下げていき最後には、てっぺんに金色の星を飾る。
この役目は毎年兄弟で取り合いになってしまうので、いつしか父がやるのが決まりだった。
大人になるにつれて、そんな恒例行事もどんどん無くなって行き
私たち兄弟はツリーの飾りつけもやらなくなったけれど、それでも毎年母は必ずツリーを出しては一人で飾りつけをしてくれていた。
一人暮らしを始めてからは、自宅にツリーを飾ることも全くなくなり
クリスマス当日も、普段と変わらない空間でその時間を過ごすようになった。
そのせいか、クリスマスの特別感なんてほとんど感じなくなっていた。
クリスマスが、キラキラした特別なイベントであるということを思い出せたのはこの施設で働くようになってからだった。
クリスマスだけじゃない、施設ではしっかりと季節のイベントが行われるので色濃く四季の移り変わりが実感できるのだ。
最近は一段と夏と冬が長くなってきているのもあって
きちんと意識をしていなければ、暑いか寒いかということしかわからなくなってしまいそうになる。
季節のイベントは、そんな私がしっかりと
この一年を生き抜いたことを証明してくれる重要なものだった。
今年もまたクリスマスが来たことにしみじみとしながら施設の中へと入っていくと
数名のスタッフが壁にクリスマスの飾りつけをしているところだった。
おはようございます。と声をかけながらちらりと装飾を覗くと、
そこには利用者さまが作成した折り紙のサンタやトナカイが並んでいる。
同じ折り方で折っているのに、利用者さまごとに個性が表れているのが面白くて私は折り紙の時間が結構好きだ。
装飾が進んでいくのを、利用者様たちは部屋から出てきてなんとなくその様子を眺めている。
やはり一番気になるのは、入り口にあるツリーらしい。
「あのツリーは?飾りつけしないの?」
「あれはこれからスタッフたちでやりますよ」
「ああそうなの。私も久しぶりにやってみたいわ。あの飾りって可愛いのよね」
そう言って昔を懐かしむ姿を見ていると、クリスマスができることの嬉しさがまたぶり返してくる。
「私の子供たちもね、小さい頃は一番上にのせるお星さまの取り合いしてたわ」
「そうなんですか?私も小さい頃、兄弟と喧嘩した記憶があります」
「だからね、いつしか星は私が乗せる決まりになったの」
「あぁ、私の家でもそうでした。うちではお父さんが星担当で」
話しているうちにクスクスと笑い始めた利用者さまにつられて、私も笑みが溢れてしまった。
もしかすると、子供のいる家庭ではあるあるなのかもしれない。
それから、クリスマスの日のメニューはどうだとか、
プレゼントがどうだとか懐かしい話をしていると
利用者さまがふと思い出したように目を輝かせた。
「あ、そうだ!そういえばいいものがあるわよ。少し待ってて」
そういうと、いつもに比べ軽快な足取りでお部屋の方へと戻っていった。
装飾もひと段落し、事務所でいつも通りの業務を片付けていると、
先ほどの利用者さまがスキップするかのような表情で私の元へ戻ってきた。
「これあなたにあげる。みんなには内緒よ」
「わぁ、きれい!なんですか?これ」
手渡してくださったのは、折り紙のお花だった。
真っ赤な折り紙で花弁を、緑色の折り紙で葉っぱを表したその花は
コントラストが綺麗で、とてもクリスマスらしい。
「これはね、ポインセチアというお花。今みたいな冬の時期に綺麗に咲くの」
「クリスマスにぴったりなカラーですね!いただいてもいいんですか?」
「いいのよ。これ、あなたの好きだったお星さまに少し似てるでしょ」
もう一度手元のお花に視線を落とすと、
確かに尖った形の花びらが開いている姿は、少し星に似ているかもしれない。
「それを飾っておいたら、きっといいことがあるからね」
昔、家庭でお星さま担当をしていたという利用者さまは、ここでは私のお星さま担当らしい。
子供の頃ような無邪気なときめきは、
大人になるにつれてだんだんと薄くなっていってしまうけれど
クリスマスはそんな私の感動にひときわ鮮やかな色をつけてくれる。
いただいたポインセチアは、帰ったら家に飾ってみよう。
飾り気のないいつも通りの部屋も、クリスマスくらいは飾ってみよう。
寒さが厳しい冬の日でも、施設の中はいつも温かい気持ちに満ち溢れている。
11月のお花:ポインセチア
ポインセチアには、「幸運を祈る」「祝福する」「聖夜」など、
クリスマスらしくて胸が高鳴るような花言葉があります。
みなさまはクリスマスといえばどんなシーンを思い浮かべますでしょうか。
私は小学校の頃の給食でチョコレートムースがでたのが印象的です。
そんな、人それぞれにたくさんの思い出をもった特別な一日。
施設で行われるイベントが、足早にすぎてしまう師走という月にたくさんの彩りを添えられますように。
私たちはみなさまの幸運を祈り、今後も様々なイベントに尽力していきます。