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【添う恋ふ長屋】光の方へ

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再開発によって作られたらしい並木道。
物心着く前から、私はこの道を通っている。

まばらな緑と、合間を縫う空の色と、
暖かくなった空気が一直線に通るこの道を、両親と手を繋ぎながら歩いた。

空から眩しい光が降り注ぎ、それに照らされた葉が
生い茂る。肌に纏わりつくシャツを仰ぎながら、
甘ったるい紅茶のパックを片手に歩いた。
大人のすべての行動がうざったくて、
朝から晩まで鳴り止まない蝉とおんなじだなと、
クラスメイトと愚痴を言い合った。

葉が落ちる代わりに、今年も電飾が付けられる。
仕事帰りに写真を撮るサラリーマンや、これを目当てに同じ時間を過ごす2人組。
いつもなら素通りするこの場所に立ち止まり、白い息を吐きながら
顔を上げている人々を見るのがなんだか好きだった。

そんな大層なことを、毎日思うはずがない。通学から通勤まで、
物心着く前から通るこの道に何を思うのだろう。同じような景色が続くこの道の
切れ目で、私はスイッチを切り替える。この並木道は、私を社会へと追いやる滑走路だ。

高校を卒業してすぐに始めた仕事を、気づけば片手では数えられないくらい続けていた。
初めは意気揚々とこの道を歩いたものだ。緑の景色を数回経験した頃には
大きな仕事を任されたりもした。刺激があって、面白い毎日だった。
でも、あの時の情熱は、いつしか失っていった。

それと同じように、すっかり並木道を見なくなった。
代わりに片手で収まる画面に目をやる。情報集め、インプットと称し、適当なSNSや
すぐに忘れるニュース記事なんかを見ては、つまらない毎日だと愚痴を漏らした。

頭の不調はすぐに生活に漏れ出した。ちょうど仕事の失敗をした。プライベートでも
不運が続いて、何をしても上手くいかなくなってしまった。友人からの便りを
無下にし、荒れた私生活がさらに自分を追いやった。

青々とした木々の葉は次第に色を変える。
それは長い年月をかけて実らせた自信が朽ちていく様にも見えた。
いつも通りの並木道が、自分の生活をそのまま描いているような気がして、
見るのが嫌になった。

気がつけば羽織りを一つ被るようになった頃、ずっと気が晴れないまま家を出た。
通るのも嫌になってしまった並木道が、変わらずにあの場所にいる。
下を向いたまま通りに入ると、いつもの地面が、真っ黄色に変わっていた。

目を挙げると、上から下まで視界全体が色鮮やかに光っていた。
地面に落ちた葉は朽ちたはずなのに、まだ、生きているように見えた。

役目を終えた葉は、最後の力を振り絞り、生きた葉と一瞬の調和をもたらす。
すべて落ちた頃には他の生命の糧となり、地面となじみ始める。たくさんの栄養を
含んだ土は、木々のエネルギーとなり、また、新しい葉を実らせる。

絶対に変わらないと思っていた並木道は、1年の循環を以て、
次の世代のお膳立てをしていたことに気づいた。
彼らは、誰にも言われず、褒められることもせず、でも、変化を恐れずに佇んでいる。

楽しい時も、辛い時も、どんな時でも、この循環は変わらない。
1本の歴史の糸が、同じところを縫い続けてこの道が成り立っている。
視界を包む黄色い光。並木道のいちばん向こうに、次の私が待っている。

拝啓、数十年後の私へ。そちらの景色はいかがですか?
今の私は辛いけど、どうにかなってしまいそうだけど、
私が紡いでいる毎日は、一本一本の糸のように重なって
刺繍みたいに美しく織り上がりましたか?
並木道は、私とともずっとつづいていますか?

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生まれてから、この施設に入るまで見続けてきた並木道は、
また再開発で取り壊されてしまうらしい。
飾られた絵の1本1本の糸を眺めては、丁寧にあの時の私を思い返す。
並木道と一緒に過ごした毎日だった。あの場所とともに紡いだ私の人生は、
綺麗に額縁に飾られた今でも、真っ黄色に光り輝いている。

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